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世界中がアイ・ラヴ・ユー

MOVIE 2017.12.19

世界中がアイ・ラヴ・ユー

Everyone Says I Love You|アメリカ映画(1996)
監督:ウディ・アレン
出演:ウディ・アレン、エドワード・ノートン、ドリュー・バリモア、ジュリア・ロバーツ

恋愛の悲喜こもごもを描く、ウディ・アレンのミュージカル群像劇

ウディ・アレン作品の中では比較的大衆向けというか、わかりやすくて楽しくて、ハッピーな気持ちになれるミュージカル映画「世界中がアイ・ラヴ・ユー」。ウディ・アレンが愛するニューヨークの四季を舞台に、アッパーイーストサイドに暮らす弁護士一家の、恋やら愛やら結婚やら不倫やらの物語です。

ミュージカルというとそれだけで敬遠したくなる向きも多いかと思いますが、この映画は演技と歌唱の振り幅が小さいというか、コメディを介してあまり違和感なく歌や踊りのシーンを楽しめるナチュラル仕立て。というのも、このミュージカルは、ミュージカルの肝であるべきミュージックシーンのクオリティをちっとも追求していなくて、それどころか、俳優さんたちは「歌のシーンがある」と台本を渡されるまで知らなかったとか(大物スターばっかりなのに!笑)。「え?歌わされるの?踊らされるの?そんなの聞いてない!」というのが役者さんの本音でしょうが、「いやでも歌も踊りも素人っぽくて全然いいから」というのがウディ・アレンのリクエスト。ぎこちなくてもたどたどしくても、キャスト全員吹き替えなし(※ただしドリュー・バリモアだけはあまりにも酷くて吹き替えになったそうです)という、ある意味、非常に珍しいオールスター・ミュージカル映画なのです。

でもそれが、恋愛賛歌、人生賛歌としてのこの映画には実によく似合っていて、なぜなら愛や恋の悲喜こもごもは、本来「クオリティ」とは別の次元の美しさに充ち満ちているから。恋愛は特権的な能力を持つ誰かのためにあるのではなく、Everyone Says I Love Youの原題通り、誰も彼も世界中の人たちが、能力に関係なく自由に勝手に人を好きになる、そういうものだから。実際、この映画に描かれるたくさんの愛の関係はとても複雑で、いびつ。連れ子同士の大家族、婚約破棄、不倫。別れた旦那が恋愛相談にやってきて今の旦那と仲良く話している、でもそれが普通。そんなフラットさが、人と人の結びつきの本質的な自由さをきちんと描くウディ・アレンの映画の安心して観られるポイントでもあるのです。(余談ですが、同時にそれが、自主規制の枠と顧客至上主義的な不思議な倫理観の枠でしか表現ができない、日本のテレビドラマのスケールの小ささ、成長力のなさ、欺瞞に満ちあふれている感じを浮き彫りにするなあと、残念に思ったりもします。)

ミュージカルのいいところは、台詞ではなく歌詞として素直に感情をデフォルメして表現できるところ。そしてストレートプレイ(普通の演技部分)のいいところは、現実に則したリアルな感情表現ができるところ。そのふたつがいい感じに合わさって、この映画にはなんともいえない、ほどよい幸せな空気感が醸し出されています。個人的に気に入っているのは、ウディ・アレン自ら演じる作家が、人妻を演じるジュリア・ロバーツの気をひこうと必死に姑息な手段ばかり使うところ。それから映画の終盤、別れた元女房と思い出のセーヌ川の河畔でお互いのかけがえのなさを語り合うところ。結婚していたときよりも今のほうが仲がよい、別れても思い出というかたちで人生を共有している、そんなことを素直に表現できる人間関係の、なんと美しいことでしょう。ちなみにこのシーンではワイヤーアクションが取り入れられて、とてもロマンチックな、でもやっぱりこの映画らしい、ほどほどに素人っぽくて素敵な場面となっています。

形はいびつであってもつながれば家族。好きになれば恋。過去はいつだって思い出。そこには才能もクオリティも必要なく、ただ、人が人と出会えばそれだけで小さな美しい光が生まれる。シニカルなラブコメディでもあり、ヒューマンドラマでもあり、クリスマスとか年末年始とかに観るのにぴったりな、ミュージカル群像劇です。