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MOVIE 2019.1.28

タンポポ

日本映画(1985年)
監督:伊丹十三
出演:山崎努、宮本信子、渡辺謙、役所広司

食べることをエンターテイメントにした日本版ラーメン西部劇

かの有名なヒット作『お葬式』の次の作品として発表された伊丹十三監督の『タンポポ』。興行収入的にはいまひとつで、40代より下の世代だと今は知らない人もけっこう多いみたいですが、伊丹作品の中でいちばんにおすすめしたい、とても見応えのある作品です。

ストーリーはとても単純。長距離トラックの運転手(山崎努)が立ち寄ったラーメン屋で人助けをしようとしたものの逆にやられてしまい、それがきっかけでつぶれかけたラーメン屋をプロデュースすることに。繁盛するラーメン屋を目指して店主のタンポポ(宮本信子)と二人三脚で頑張り、ついにオープン!という物語。これが本筋。あくまで本筋。そしてこの本筋に、無関係な「食」と「性」と「生」に関する様々な断片的なエピソードが盛り込まれていくところに、この映画の楽しさ、面白さ、伊丹十三という才能の輝きがあります。

たくさんの短いエピソードがちりばめられているのですが、特に食欲と性欲の絡まり具合が実に絶妙。生卵の口移し、少女と牡蠣のシーンのあたりは極端にエロスでポルノ映画以上の表現力。また「食べること」の前では博識や権威も無意味だとあざ笑うかのような皮肉なブラックユーモアの数々も小気味よいです。ラストのクレジットシーンでは人間のはじまりの「食」である赤子の授乳の場面が流されるなど、本編とは違うところで、「食」「性」「生」のつながりのテーマを明確にした、二重構造で楽しめる映画でもあります。

ただメッセージを真正面から語るのではなく、観て面白いエンターテイメントとして仕上げるところが伊丹十三。その根底に流れる人間そのものに対する深い愛情こそ、喜劇の源なのだろうと思うし、それはウディ・アレン的なヒューマニズムにも通じるのではないかなと勝手に思っています。映画を、既存の枠に当てはめて作るのではなく、映画の楽しいあり方を自分のカラーの中で模索し続けるという点でも、共通すると感じます。

それと、この作品のもうひとつの楽しみ方は、今の日本の映画男優の大御所的存在と言ってもいい、役所広司、渡辺謙、山崎努らの30年以上前の姿が見られること。特に白服の男と情婦のエピソードに登場する役所広司、すごく印象的です。

ちなみにこの作品は海外での評価がすごく高く、映画を見て日本に来たという外国人がけっこういたとか。フィリップ・トルシエがサッカー日本代表監督を務めていたときの通訳、フローラン・ダバディさんもこの映画に影響を受けた外国人のひとりです。