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第四回 1964年東京五輪と亀倉雄策

2020年に開催される東京オリンピック。でもそれよりずっと以前、1964年にも東京でオリンピックが開催されたことは、日本人ならみんな知ってますよね。当時の東京オリンピックは、有色人種国家において史上初のオリンピックでもあり、アジアやアフリカにおける植民地の独立が相次いだこともあり、過去最高の出場国数となりました。ちなみに開催初日の10月10日は、のちの「体育の日」として親しまれました(2000年からは10月の第2月曜日となりました)。

当時、オリンピックの開催が決定した日本では、国家プロジェクトとして国立競技場をはじめとした施設整備に約164億円の巨額を投じます。競技会場は東京都体育館(渋谷区)や日本武道館(千代田区)などの東京23区(一部東京都内を含む)だけでは収まらず、神奈川県、埼玉県、千葉県や遠くは長野県でも様々な競技が行われました。

東京オリンピックの日本チームは、アメリカ合衆国、ソビエト連邦に次いで第3位のメダルを獲得(金16/銀5/銅8)。体操、レスリング、柔道をはじめ、あの感動と熱狂が忘れられない方々も多いのではないでしょうか。

東京オリンピック(1964年)の実地競技
陸上競技/競泳競技/飛込競技/水球/体操/柔道/レスリング/自転車競技/バレーボール/バスケットボール/サッカー/ボクシング/ボート/セーリング/カヌー/フェンシング/ウエイトリフティング/ホッケー/近代五種競技/馬術/射撃

亀倉雄策による東京オリンピックのポスター

さて、東京オリンピックで有名なのが、そのポスター。手がけたのはデザイナーの亀倉雄策です。実はこのポスター、第1号、第2号ポスターと2種類存在することはご存知ですか?

ひとつめは、白地に赤い日の丸、その下に金の五輪マークと金字の「TOKYO 1964」が入った第1号ポスター。赤と金の配色は豊臣秀吉の陣羽織(木瓜桐文緋羅紗陣羽織・大阪城天守閣蔵)から着想を得たともいわれています。そして、歴代大会のオリンピックポスターがイラストであったものを、写真家・早崎治が撮影した写真を用いたオリンピックポスター初の写真ポスターが第2号ポスターです。第2号ポスターは陸上、水泳、聖火ランナーといくつかバージョンがありますが、最も印象深く残っているのは、第16回メルボルン大会に出場した潮喬平選手ほか3人の日本人と、立川空軍基地の元アメリカ陸上競技選手を交えた6人で陸上のスタートのシーンを切り取った躍動感あふれるポスターではないでしょうか。ちなみにこれ、3月の寒風が吹く中、国立競技場で約80回ものスタートをやり直して撮られた1枚なのだそうです。

亀倉雄策は新潟県の出身でした

亀倉雄策は、実は新潟県西蒲原郡吉田町(現燕市)の出身で、私たち新潟県民にとっても馴染み深い人物です。デザインに興味のない方はピンとこないかもしれませんが、日本を代表する世界的なグラフィックデザイナーです。「NTT」のシンボルマーク、「明治製菓」のロゴマークや「明治ミルクチョコレート」のパッケージ、「グッドデザイン賞」のシンボルマーク、「TDK」のロゴマークなど、私たちが知らずに目にしているもののなかにも、亀倉雄策作品はたくさんあります。1964年の東京オリンピックのあと、札幌で行われた冬季オリンピックのポスターも手がけています。

  • 今回のまとめ
  • 1964年東京五輪は有色人種国家において史上初のオリンピック。
  • ・ポスターを手がけたのはグラフィックデザイナーの亀倉雄策
  • ・亀倉雄策は新潟県出身(西蒲原郡吉田町・現燕市)でした。

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