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第五回 世界一の金メダルコレクターは誰?

オリンピックの醍醐味といえばやはりメダルの争奪戦。金・銀・銅のメダルを目指して、選手たちがコンマ1秒を争い、しのぎを削るのは、観ている方もハラハラドキドキ。応援する選手が予選から準々決勝、準決勝と勝ち進み、決勝のスタートラインまで到達したとなれば、もうその時点で大興奮ですよね。日本のメディアが注目するのもやっぱりメダルの数。この冬に韓国で開催された平昌冬季五輪では、日本チームの獲得メダル数は13個と、前回のソチ冬季五輪の8個を上回っただけでなく、過去最高だった長野冬季五輪も上回り、史上最多となりました。お隣の韓国で開催されたこともあって時差はほとんどなく、特にスケートなどの夜の時間帯に開催された競技はテレビにしがみついていた人も多いのではないでしょうか。女子チームパシュートで日本チーム(髙木美帆、菊池彩花、佐藤綾乃、髙木菜那)が金メダル。そして新たな競技としてスタートした、マススタートでも髙木菜那が金メダル。髙木選手は1大会で1人で2つも金メダルを獲得していましたね。本当に凄い。でも、上には上がいるんです。今回のこのコラムのテーマは、メダルコレクター。

歴代1位は記憶に新しい水泳のあの選手。

歴代の金メダル獲得数、断トツ1位の選手をご存じですか? 答えは、アメリカの水泳選手マイケル・フェルプス。彼は2004年~2016年までの期間で、なんと金メダル23個、銀メダル3個、銅メダル2個、合計28個ものメダルを獲得しています。銀や銅よりも金が断然多いというところに、桁違いな彼の強さが表れています。 ちなみにこの金メダル獲得数、ベストテンの10位に、日本人がひとりランクインしています。1968年~1976年の期間に、金メダルを8個獲得した体操選手の加藤沢男です。モントリオール大会(1976年)2個、ミュンヘン大会(1972年)3個、メキシコ大会(1968年)3個の堂々の実績。モントリオール大会では日本選手団主将までつとめ、1999年には国際スポーツ記者協会が選んだ「20世紀を代表する25選手」に、ペレ(サッカー)やカール・ルイス(陸上)、ナディア・コマネチ(体操女子)など錚々たる顔ぶれの中、唯一日本人として選出されました。

加藤沢男の8つの金メダル
■メキシコ大会(1968年)
団体総合 優勝/個人総合 優勝/個人種目別 床運動 優勝
■ミュンヘン大会(1972年)
団体総合 優勝/個人総合 優勝/個人種目別 平行棒 優勝
■モントリオール大会(1976年)
団体総合 優勝/個人種目別 平行棒 優勝

世界の第10位、加藤沢男は新潟県出身です。

加藤沢男(かとうさわお)は1946年10月11日生まれ、現在72歳。なんと驚くことに、桜で有名な村松公園がある、新潟県五泉市(旧中蒲原郡村松町)の出身なんです。新潟県立新潟南高校から東京教育大学(現筑波大学)に進み、大学4年生の時に初めて1968年のメキシコオリンピックに選出されました。彼の演技は「体操の教科書」とも称され、足の爪先まできっちり伸ばし切り美しさを追求していました。その後、3大会連続でオリンピックに出場し、1977年に引退し筑波大学のコーチに就任。現役当時に獲得した金メダル数が凄いことは前述の通り。ちなみに体操個人総合でオリンピック2連覇を達成した選手は、イタリアのアルベルト・ブラリア、ソビエト連邦のビクトル・チュカリン、日本の内村航平と加藤沢男の4人のみとなっています。

  • 今回のまとめ
  • ・歴代の金メダル獲得1位は、断トツでマイケル・フェルプス
  • ・ベスト10には体操の日本選手・加藤沢男の名もあり。
  • ・加藤沢男は新潟県出身(中蒲原郡村松町・現五泉市)でした。

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